富岡製糸場の歴史

江戸時代の末期、外国と貿易をはじめた日本は主に生糸の輸出をしていました。

明治維新ののちに、日本政府は資金集めとして生糸の生産に力を入れようと試みます。
生糸の品質改善や生産の向上のため、模範製糸工場をつくり外国人を指導者として洋式の製糸技術を導入することに。
全国から工女を募集して、器械製糸の指導者を育成することに決めました。

明治5年に、こうしてフランス人を指導者として西洋技術を取り入れた「富岡製糸場」が誕生したというわけです。

それからは日本中の製糸業が近代化、独自に養蚕の技術革新も起こり原料繭の大量生産に成功。
世界の絹産業の発展に大きく貢献することになりました。

どうして富岡市だったの?

それではなぜ、模範工場の設立が群馬県富岡市だったのでしょうか。

それにはいくつかの理由がありますが、ひとつは富岡付近が養蚕が盛んであったため、生糸の原料である繭が確保できること。

さらに広大な土地があったことや近隣の高崎や吉井という地区で、蒸気機関の燃料となる石炭が採れることも理由のひとつでした。

そのほかにも製糸のための水が用水で確保できたことや、なによりも地元の方の同意を得ることができたのも設立決定の理由といえるでしょう。

製糸工場の模範として、富岡市がさまざまな面で条件に合っていたのですね。

世界遺産にもなった建物のご紹介

創業当時の建物がほぼそのまま残っている富岡製糸所。

富岡製糸所の建物の多くは国の重要文化財に指定されており、深い歴史を感じる建造物を楽しむことができます。

繰糸所・東置繭所・西置繭所の3棟は平成26年の12月に国宝に認定。

春の桜、冬の雪景色と季節によっても違った表情をみせてくれます。

繰糸所内部

見学の見どころはやはり繰糸所内部。
昭和62年には操業停止になりましたが、当時の機械がそのまま置いてあるんだとか。

東置繭所

東置繭所は繭を保管していた場所です。
明治5年の文字が歴史を感じさせます。

フランス技術を取り入れた日本初の製糸工場

世界遺産登録名は「富岡製糸場と絹産業遺産群」です。

建物のすばらしさだけではなく、日本の近代化や世界の絹産業の発展の成果をもたたえられた富岡製糸所。

2016年8月現在、個人見学の場合は予約不要です。
開場情報、アクセスなどはリンク先をご確認くださいね。

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